Profile

お互い、ふるさとへの愛が強く、建築・土木系の大学で学んだこと、仕事を通じて、お互いの故郷に貢献できる方法を模索しています。

故郷に戻るなら、自ら開拓した生業で、という思いは夫婦とも同じです。
目標に向かって、新聞やインターネットを通じて、日々情報を集めています。

1995年生まれ。
本サイト他にツイッターも運営しています。

ふるさと
長崎県の五島列島最北端にある宇久島

人生の転機
2005年の家のリフォーム
2010年の父親との死別
2011年の東日本大震災

2005年

2005年、10歳の時、家のリフォームを機に、建築の仕事に興味を持ち、一級建築士を目指しました。

2010年

2010年の夏、父と突然の別れ。当時高校1年生でした。
死因はわかりませんが、リビングでテレビを見ていた父は急に帰らぬ人となってしまいました。
とにかく家族が大好きで、父との死別はとても辛いものでした。
父の葬儀には、島中の人が参列してくれたのではないかと思うほど、人が集まりました。
その時、初めて父の偉大さを知り、建設課で島のために頑張ってきた父のようになりたいと思いました。

2011年

2011年の春、東日本大震災がありました。このときも、高校1年生でした。
被災の映像をメディアでみて、まちが、建物が一瞬で無くなる瞬間、を見ました。
その時、住宅が流される映像を見て、言葉にならない悲しさと、無力な自分がいる現実、を感じたのをはっきりと覚えています。
これから、このまちはどうなるのか、とても心配でした。
安易な考えですが、建築士になれば、将来貢献できるかもしれない、と考えました。

2015年

震災から4年の2015年、大学3年生のときです。
被災地の一つである岩手県の釜石市の一般社団法人にインターンしました。
当時出会った人は、とにかく前を向く人ばかり。悲しみを表には見せずに、とにかく「未来のまち」ことを必死に考えて、行動している人ばかりでした。
何かできることがあるはず、と思って行きましたが、逆に学ぶ事の方がはるかに大きかったのです。

2019年

その後、大学で学ぶうちに、まちづくりに興味がわき、都市計画という分野を勉強し、仕事にしたいと考えました。
一度はデベロッパーに就職しましたが、もっと視野を広げたいと思い、今は建設コンサルタント会社で働いています。

2021年

念願だった、一級建築士は、2021年に取得しました。
設計の実務経験はありませんが、幅広く建築・土木・都市計画・まちづくりの知識を蓄えて、自分なりの『ふるさと』貢献の形を見つけたいと思っています。
仕事柄、多くのまちづくりの情報を目にする機会が多いです。興味本位で、頑張っている地域の情報も調べたりします。
せっかくなので、学びになったと思う情報をブログにまとめていきたいと思っています。

1994年生まれ。

ふるさとは、愛媛県の松山市です。
自分の意見を文章にして書くことは、得意ではないので、ブログの更新はほぼ妻に任せています。

高校時代、放送部に所属し映像制作をしていました。
テレビが好きで、東京にいても、愛媛県のローカル情報は逃さずチェックしています。
そのうち、趣味で自分でもふるさとの映像を撮影し、映像制作とかやってみたいなーと思っています。

大学時代は茶道部に所属していました。今でも時々、趣味でお茶を点てています。

現在は、東京で鉄骨造の構造設計の仕事をしていますが、いつか地元に帰りたいと思っています。
特に地元のお祭が大好きです。過疎化が進み、お祭りなどの担い手が減っているのは寂しく思います。
将来的に、地元を中心にお祭りなどの文化の継承に貢献したいと思っています。

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