各地域で空き家問題が加速する中、空き家再生の思いを強く持つ人たちの活動もよく目にするようになりました。
ニュースで見聞きしたものをきっかけに、空き家再生の取り組む地域の歴史的な背景や、活動に取り組む人たちについて、簡単に調べてみました。
福井県鯖街道の取り組みを知った記事の紹介
私が、福井県の鯖街道の取り組みを知ったきっかけは、この記事でした。
基本的な知識のインプット
正直に言うと、「鯖街道」という名前もこの記事で初めて聞きました。
長崎の離島で育ち、実際のまちづくりに真剣に興味を持ったのは、社会人になってからです。
そんなに要領がいい方ではないので、これまでの人生で、住んだことがない地域の情報を、自分の知見にするのには、結構時間がかかるタイプです。
同じような方のために、まずは鯖街道について調べた情報を紹介します。
鯖街道とは
インターネット検索エンジン「google」で「鯖街道」と検索すると、「(一社)若狭おばま観光協会」が運営するwebサイト「鯖街道」というページがヒットしました。
その中の「鯖街道とは」というページを読むと、次の事が分かりました。
- 古代から若狭と京をつなぐ街道であり、食や物資、人や文化を運んだ交流の道である
- 鯖街道は一本の道ではなく、複数の街道の総称である。
(「若狭街道」、「針畑越え」(針畑越ルート)、「西近江路」、「周山街道」) - 京から若狭へは、雅な文化や工芸品などが運ばれ、若狭から京へは、海を渡ってやってきた文化やさまざまな海産物が運ばれていた
- 鯖街道と呼ばれたのは、近年のことであり、中世以降に特に多くの鯖が運ばれたことから、「鯖街道」と呼ばれるようになったのではないか、ということ
鯖街道について調べていくと、次第に若狭という地域に興味が湧いてきました。
若狭について
先程、「鯖街道」が京と若狭を結ぶものであることが分かりました。
続いて、「若狭」に関する基本的な知識を抑えておこうと思います。
若狭の位置
「若狭」と検索すると、まずは「若狭国 – Wikipedia」がヒットしました。
読むとかなり重要な歴史をもっていることが分かります。歴史については、次の見出しで簡単に抑えておこうと思います。
読み進めると「地域」というところに、「現在の領域」という見出しがありました。
これによると、「若狭の国」は、現在の「小浜市」、「三方郡」、「大飯郡」、「三方上中郡」であることがわかります。
明治維新の直前の領域は現在以下のようになっている。太字の自治体及び郡の全域が国土にあたる。
若狭国 – Wikipedia
- 福井県
- 小浜市(旧遠敷郡の大半)
- 三方郡
- 大飯郡
- 三方上中郡
また、検索結果に戻ります。次に、「ホーム/輝きと優しさに出会えるまち 若狭町」という自治体のホームページがヒットしました。
若狭町は福井県の南西に位置しています。
若狭町の観光情報によると、日本のほぼ中心に位置しているようです。
若狭の歴史
「若狭 歴史」と検索すると、「福井県立 若狭歴史博物館」、文化庁の「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 みどころ」がヒットしました。
後者の方がわかりやすかったので、ここでは文化庁のページを参照します。
ページ内の「みどころ」では、歴史や文化を知ることができる施設が紹介してありました。
ページ内の「ストーリー」では、わかりやすく歴史が示されています。
針畑越え ―最古の鯖街道の歴史的景観―
若狭人たちは、一塩した鯖を背負い、「京は遠ても十八里」、京都まで遠いとはいってもせいぜい十八里(72キロ)と言いながら、急峻な峠をせっせと越えていったという。ブナ林が広がる近江との国境・上根来の山中には、かつて峠を行きかった人々の足跡によって深くえぐられた山道が続き、山道に残された石積みの井戸や地蔵などが、旧街道の風情を色濃く示している。
また、この道には、峠を越えて若狭にやってきた兄弟神、海彦・山彦の伝説が語り継がれおり「一番古い鯖街道」とも言われている。峠を越えて先に若狭に鎮座した弟神は、街道沿いの若狭彦神社に奉られ、遠敷の神様が東大寺二月堂の創建に際して若狭の水を送ったという伝説にちなんだ神事、お水送りも現在に伝わっている。街道沿いにはお水送りを行う若狭神宮寺のほか、若狭国分寺や多田寺、明通寺など、天皇や貴族に庇護された、創建を古代に遡る古刹・仏像が集積しており、奈良・京都とのつながりを色濃く示す歴史的景観を形成している。
若狭の浦々に続く鯖街道 ―都の祭りや伝統を守り伝える集落―
中世、湊町として栄えた気山から若狭街道までを結ぶ丹後街道や、古くから廻船や漁業で栄えていた田烏浦から若狭街道へと抜ける鳥羽谷もまた、諸国から運ばれた物資や、若狭湾や三方五湖の幸を熊川経由で都に運んでいる。田烏をはじめとする若狭の浦々では、豊富にとれた鯖などの海産物を長期食用するために発達した「へしこ」や「なれずし」などの加工技術が、街道の歴史の中ではぐくまれ、独特の食文化として今も生きている。
これらの街道沿いの集落には、王の舞や六斎念仏など都から伝わった民俗行事が数多く残っており、それぞれ集落ごとの特色を加えながら守り伝えられている。王の舞の多くは4月初旬から5月にかけて行われ、若狭の春の風物詩として親しまれている。小浜から南川沿いに南下し、京都にいたる周山街道沿いの集落では京都の愛宕神をまつる火伏せの祭り松上げが行われており、次々に投げ上げられる松明の炎が若狭の夏の終わりを彩っている。
都との往来を通じてもたらされ、若狭に広く根付いた民俗行事は、現在も四季折々に行われ、若狭独特の歴史的景観を形成している。
と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群|日本遺産ポータルサイト
ここで言われる歴史的景観は、Youtubeでも見ることができます。
『【日本遺産】海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 ~御食国(みけつくに)若狭と鯖街道~』
動画の0:30あたりで、歴史的な町並みを見ることができます。自然と集落が共存しているような雰囲気を感じます。一度行ってみたいです。
鯖街道 空き家再生の取り組み
「鯖街道 空き家」と検索すると、興味深いページやニュース記事がいくつかヒットしました。
空き家活用 実施者のサイト

2018年12月〜2019年3月の期間でクラウドファウンディングを実施した、「築160年の蔵を宿泊施設へとリノベーションするというプロジェクト」は、残念な結果となっています。「空き蔵 鯖街道」と検索してみましたが、その後の進捗はわかりませんでした。
空き家活用 ニュース記事

ニュース記事を読むと、株式会社デキタがこの街に愛着をもって、空き家再生等のまちづくりに取り組んでいることが分かりました。
「デキタ 鯖街道」と検索すると、地元福井新聞の記事もヒットします。
まとめ
- 福井県の若狭という地域には、古代から京と大陸をつなぐ跡となる歴史的な景観が今も残されている
- 文化的に重要であり、残すべき景観であるが、一方で空き家問題も生まれている
- 地元の団体や、地元に思いを寄せる会社が、空き家再生に取り組んでいる
調べてみて、きっかけとなったニュース記事を読んだだけでは、わからない若狭地域の文化歴史を学ぶことができました。また、実務的に空き家再生に取り組む、デキタという会社の存在を知りました。すでに、シェアオフィスや宿泊施設を手掛けているようですが、今後も、どんな空き家再生のプロジェクトが展開されるのか楽しみです。


